制度は整っても心は動かない?日本の職場の現実
「あの時のあの言動、ハラスメントだったんじゃないかな…」
「誰かに相談したいけど、どこに言えばいいんだろう?」
「相談しても、結局何も変わらないんじゃないか?」
働く中で、こんな不安や疑問を感じたことはありませんか? 企業がハラスメント対策に力を入れていると聞く一方で、実際に困ったときに「どうすればいいか分からない」と感じる人は少なくないかもしれません。
一般社団法人クレア人財育英協会が2025年11月12日に実施した「ハラスメント相談に関する意識調査」は、日本の職場で働く500名のリアルな声を集め、ハラスメント対策の現状に一石を投じる結果となりました。この調査からは、制度の整備と働く人々の心の間に大きなギャップがあることが浮き彫りになっています。
調査結果が示す「相談文化」の空洞化
Q1: 相談窓口、あなたの職場にはありますか?
まず、「ハラスメント相談窓口」が勤務先にあるかという問いに対して、「ある」と回答したのはわずか39.8%にとどまりました。一方で「ない」が44.2%、「わからない」も16.0%という結果に。

厚労省が相談窓口の設置を義務化してから3年が経過しているにもかかわらず、約6割の人が相談窓口の存在を認識していない、または設置されていないという事実は、制度の浸透がまだ道半ばであることを示しています。せっかくの制度も、知られていなければ意味がありません。
Q2: 相談できる雰囲気、職場にありますか?
さらに深刻なのは、相談窓口の有無だけでなく、その「利用しやすさ」です。「実際に相談できる雰囲気があるか」という問いに対して、「あまり思わない」(35.6%)と「全く思わない」(20.2%)を合わせると、55.8%もの人が「相談しづらい」と感じていることが明らかになりました。

相談窓口があったとしても、職場の心理的安全性が低ければ、従業員はなかなか声を上げられません。「相談したら自分の評価が下がるのではないか」「関係が悪くなるのではないか」といった不安が、相談へのハードルを高くしているのかもしれません。制度が形骸化してしまう最大の要因は、この「相談しづらい雰囲気」にあると言えるでしょう。
Q3: 誰に相談していますか?
ハラスメントを見聞きした際に、まず誰に相談するかという問いでは、「誰にも相談しない」が26.8%と最も高い割合を占めました。次いで「同僚・友人」が28.2%、「上司」が22.2%、「社内窓口」が11.2%、「社外窓口(行政・専門機関など)」が10.6%という結果です。

4人に1人以上が誰にも相談しないという選択をしていることは、潜在的なハラスメントが放置されるリスクが高いことを意味します。ハラスメントは放置されることでエスカレートしたり、被害者の心身に深刻な影響を与えたりする可能性があります。また、職場全体の士気を低下させ、生産性にも悪影響を及ぼしかねません。この結果は、企業がハラスメント対策を単なる「制度」としてだけでなく、「文化」として根付かせる必要性を強く訴えかけています。
なぜ「制度はあるのに文化が育たない」のか?
この調査結果が示すのは、「ハラスメント相談窓口を設置したからOK」という現状認識と、従業員のリアルな感覚との間に大きな隔たりがあるということです。では、なぜこのようなギャップが生まれてしまうのでしょうか。
1. ハラスメントへの認識不足
ハラスメントには様々な種類があります。代表的なものだけでも、以下のようなものがあります。
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パワーハラスメント(パワハラ): 優越的な関係を背景とした言動で、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、労働者の就業環境が害されること。殴る蹴るなどの「身体的な攻撃」だけでなく、人格否定や長時間の叱責などの「精神的な攻撃」、無視や仲間外れといった「人間関係からの切り離し」、達成不可能な目標を課す「過大な要求」、逆に仕事を与えない「過小な要求」、プライベートに過度に干渉する「個の侵害」などが含まれます。
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セクシュアルハラスメント(セクハラ): 職場における性的な言動により、労働者の就業環境が害されたり、労働条件に不利益を受けたりすること。性的な冗談、身体への不必要な接触、性的な噂の流布などが該当します。
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妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ): 妊娠・出産、育児休業等の利用に関する制度や措置の利用を阻害する言動や、妊娠・出産等に関する否定的な言動により、就業環境が害されること。例えば、「妊婦は戦力にならない」といった発言や、育児休業の取得を妨げる行為などです。
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カスタマーハラスメント(カスハラ): 顧客や取引先からの著しい迷惑行為。従業員に対する暴言、土下座の強要、不当な金品の要求などが含まれます。これは、直接的な社内ハラスメントではありませんが、従業員の心身の健康や就業環境に深刻な影響を与えるため、企業としての対策が必須となっています。
これらのハラスメントが「何をもってハラスメントと判断されるのか」という基準があいまいなままでは、被害者も「これは自分の我慢が足りないだけ?」と悩んでしまい、相談に踏み切れません。加害者側も、自身の言動がハラスメントにあたるという認識がないまま、無自覚にハラスメント行為を続けてしまう可能性があります。
2. 心理的安全性の欠如
調査結果のQ2が示す「相談しづらい」という感覚は、職場の心理的安全性の低さに直結しています。心理的安全性とは、組織行動学者エイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念で、「チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと信じられる状態」を指します。
心理的安全性が高い職場では、従業員は安心して意見を述べ、質問し、ミスを報告し、新しいアイデアを提案できます。これにより、チームの学習と成長が促進され、イノベーションが生まれやすくなります。一方で、心理的安全性が低い職場では、従業員は萎縮し、問題や課題があっても口をつぐんでしまいます。これがハラスメントの隠蔽や放置につながり、最終的には組織全体の生産性低下や人材流出を招くことになります。
3. 相談窓口の機能不全
相談窓口が設置されていても、それが十分に機能していなければ意味がありません。機能不全に陥る原因としては、以下のような点が考えられます。
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周知不足: 窓口の存在そのものが知られていない、または利用方法が分かりにくい。
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信頼性の欠如: 相談内容が漏れるのではないか、相談することで不利益を被るのではないかという懸念がある。
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専門性の不足: 相談員がハラスメントに関する十分な知識や経験を持っておらず、適切な対応ができない。
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対応の遅延・不透明さ: 相談後のプロセスが不明確であったり、対応が遅れたりすることで、相談者の不信感が高まる。
これらの問題が複合的に絡み合い、「制度はあるのに文化が育たない」という日本の職場の現実を生み出しているのです。
ハラスメント対策は経営課題──企業が今すぐ取り組むべきこと
ハラスメントは個人の問題にとどまらず、企業の経営に深刻な影響を与えます。従業員の心身の健康を害し、モチベーションを低下させ、生産性を損ない、優秀な人材の流出を招きます。また、企業の評判やブランドイメージを著しく傷つけ、場合によっては法的責任を問われる可能性もあります。人的資本開示の義務化が進む現代において、ハラスメント対策はもはや避けて通れない経営課題なのです。
では、企業は具体的にどのような取り組みを進めるべきでしょうか。
1. トップからの強力なメッセージ発信
ハラスメント対策は、経営層の強いコミットメントなしには成功しません。トップ自らが「ハラスメントは一切許さない」という明確なメッセージを繰り返し発信し、全従業員にその姿勢を示すことが重要です。これにより、企業文化の変革をリードし、ハラスメントに対する意識を醸成していく土台を築きます。
2. 相談窓口の周知徹底と信頼性向上
相談窓口の存在を従業員全員に周知することはもちろん、その利用方法や相談の流れを分かりやすく説明し、定期的に情報を提供することが大切です。また、相談窓口が信頼されるためには、以下の点を徹底する必要があります。
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匿名性・秘密保持の徹底: 相談者のプライバシーが厳守され、相談内容が外部に漏れないことを明確に保証する。相談者の同意なく、加害者や関係者に情報が伝わることはないという安心感を与える。
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公平性・中立性の確保: 相談員が偏見なく話を聞き、事実に基づき公平かつ中立な立場で対応すること。特定の個人や部署に肩入れしない姿勢を示す。
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専門性の向上: 相談員がハラスメントに関する十分な知識(法的知識、心理学的な知見など)を持ち、適切なアドバイスやサポートができるように、継続的な研修を実施する。必要に応じて、弁護士や臨床心理士などの外部専門家と連携できる体制を構築する。
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迅速かつ丁寧な対応: 相談から調査、解決、そしてその後のフォローアップまでのプロセスを明確にし、迅速かつ丁寧に対応する。相談者への定期的な進捗報告も信頼感につながります。
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外部相談窓口の活用: 社内窓口に加え、匿名性や中立性をより担保しやすい外部の専門機関(ハラスメント相談窓口代行サービスなど)を導入することも有効です。これにより、社内では相談しにくいと感じる従業員も安心して声を上げやすくなります。
3. 管理職の意識改革と実践的な研修
管理職は、ハラスメント防止の要となる存在です。管理職がハラスメントを正しく理解し、自らの言動を律するとともに、部下の異変に気づき、相談しやすい雰囲気を作ることが不可欠です。具体的な研修内容としては、以下のようなものが挙げられます。
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ハラスメントの定義と種類: 具体的な事例を交えながら、どのような言動がハラスメントにあたるのかを深く理解させる。
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アンコンシャスバイアス(無意識の偏見): 自身が持つ無意識の偏見がハラスメントにつながる可能性を認識させ、その解消を促す。
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心理的安全性の醸成方法: 部下が安心して意見を言える、ミスを報告できる環境を作るためのコミュニケーションスキルやリーダーシップについて学ぶ。
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初期対応と報告義務: ハラスメントの相談を受けた際の適切な初期対応、事実確認、関係者への配慮、そして上層部への報告義務について徹底する。
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日常のコミュニケーション: 日頃から部下との信頼関係を築き、相談しやすい関係性を構築するための具体的な方法を学ぶ。
4. 全従業員への定期的な教育と啓発
ハラスメントは、誰でも被害者にも加害者にもなりうる問題です。全従業員がハラスメントに対する正しい知識を持ち、自身の行動を振り返る機会を設けることが重要です。eラーニングや集合研修を定期的に実施し、ハラスメント防止に関する社内規定を周知徹底します。また、ハラスメント防止月間を設けるなど、継続的な啓発活動も効果的です。
5. 心理的安全性の高い職場文化の醸成
ハラスメントが起きにくい職場を作るためには、根本的に心理的安全性の高い文化を育むことが最も重要です。
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オープンなコミュニケーションの奨励: 役職や部署に関わらず、誰もが自由に意見を述べ、質問できる場を設ける。
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ミスを責めない文化: ミスや失敗を個人攻撃の対象にするのではなく、チームで学び、改善する機会と捉える。
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多様性の尊重: 異なる意見や背景を持つ人々を尊重し、それぞれの強みを活かせる環境を作る。
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フィードバック文化の促進: 定期的に建設的なフィードバックを行い、個人の成長とチームの発展につなげる。
6. 発生後の再発防止策とフォローアップ
万が一ハラスメントが発生し、問題が解決した後も、再発防止策を徹底し、被害者や関係者への丁寧なフォローアップを継続することが重要です。被害者が安心して働き続けられるよう、配置転換やカウンセリングなどのサポート体制を整え、必要に応じて加害者への指導や処分も適切に行います。
働くあなたがハラスメントに直面したときにできること
企業が対策を進める一方で、働く私たち一人ひとりも、ハラスメントから自分自身を守り、声を上げるためにできることがあります。
1. ハラスメントを正しく認識する
「これはハラスメントなのでは?」と感じたら、まずはそれがハラスメントに該当するのかどうか、客観的な情報を集めてみましょう。厚生労働省のハラスメント対策に関する情報や、信頼できる専門機関のウェブサイトなどを参考にすることも有効です。自分の感覚を過小評価せず、「おかしい」という直感を大切にしてください。
2. 記録を残すことの重要性
ハラスメントの事実を証明するためには、具体的な記録が非常に重要になります。いつ、どこで、誰が、どのような言動をしたのか、その結果どう感じたのかなどを、できるだけ詳細にメモしておきましょう。メールやチャットのスクリーンショット、録音なども証拠となり得ます。
3. 相談の第一歩を踏み出す
一人で抱え込まず、信頼できる人に相談することから始めましょう。今回の調査でも「同僚・友人」に相談する人が最も多い結果でしたが、身近な人に話すだけでも気持ちが楽になることがあります。そして、勇気を出して社内外の相談窓口を利用することも検討してください。たとえ現状で「相談しづらい」と感じていても、一歩踏み出すことで状況が変わる可能性は十分にあります。
クレア人財育英協会の取り組み
今回の調査を実施した一般社団法人クレア人財育英協会は、ハラスメント対策の専門家育成に力を入れています。同協会は、株式会社SAのグループ会社として2023年に設立され、雇用・労務・ハラスメント防止に関する資格・研修事業を展開しています。「働く人と家族を守る『雇用クリーン事業』」を掲げ、実務に直結する学びを提供。すでに全国で650名以上が、ハラスメント&労務対策のプロフェッショナル資格「雇用クリーンプランナー」を取得し、企業、自治体、教育現場などで活躍しています。
ハラスメント対策のプロフェッショナルを育成することで、より多くの職場で安心して働ける環境が整うことを目指しています。
▶ 一般社団法人クレア人財育英協会 公式サイト: https://caa.or.jp/
まとめ:制度と文化の両輪で、安心して働ける職場へ
今回の調査結果は、日本の職場のハラスメント対策が、単なる「制度の設置」から「相談文化の醸成」へとフェーズを移行すべき時期に来ていることを示唆しています。相談窓口の設置率向上はもちろんのこと、従業員が「安心して相談できる」と感じられる心理的安全性の高い職場環境をいかに作り出すかが、今後の大きな課題です。
企業は、トップのコミットメント、管理職の意識改革、全従業員への教育、そして相談窓口の機能強化を通じて、ハラスメントを許さないという明確なメッセージを社会に発信し続ける必要があります。そして、働く私たち一人ひとりも、ハラスメントを正しく認識し、声を上げる勇気を持つことが大切です。
制度と文化、この両輪がしっかりと機能することで、誰もが自分らしく、安心して働ける職場が日本中に広がることを願ってやみません。企業と従業員が手を取り合い、より良い未来を築いていきましょう。



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